大分市・眞珠宗彦さん

作業療法士/リハビリクリエイター/人生の伴走家

野球少年の挫折を経て……

小学校から高校までずっと野球をやっていて、結構本気で甲子園目指してました。

野球をやっている中で、当時宇佐市の柳ヶ浦高校で同学年だった山口俊に出会ったんですよ。そこでレベルの違いを目の当たりにして甲子園の夢が砕け散りました……。高校3年の夏、野球が終わってふと気づいたんですけど、今までずっと野球ばかりしていて勉強していない。大学に行くのも就職するのもなんか違う、その時に看護師だった姉が作業療法士という職業を紹介してくれたんです。

その当時見学した整形外科病院は外傷後のリハビリテーションに力を入れていました。肩や指先の治療をしているところを見て、私はピッチャーだったので、これは野球の動きと技術にリンクしているぞ! と興味をもちました。僕はピッチャーとしての夢を諦めたばかりだったので、ピッチャーをサポートすることで野球に関わっていけるのではと思って、作業療法士という職業を選びました。

※山口俊……中津市出身のプロ野球選手。2018年ジャイアンツ時代にノーヒットノーランを達成。現在は、MLBのトロント・ブルージェイズに所属している。

最初は北九州市の「小倉リハビリテーション病院」に勤務しました。リハビリ職が多くて当時は180人くらいいましたね。とても勉強になるいい病院でした。
院長が監督、上司はコーチ、先輩後輩、医師や看護師、介護士はそれぞれのポジションのプレイヤー、みたいに、チームとしての一体感がありました。それが、なんだか野球部っぽくて居心地がよかったです。
ほかにも、リハビリテーションに関しての基本的な技術を何度も熱心に繰り返しやるといったところや、成功失敗どちらにせよ盛り上がるといった現場全体の熱量なんかも野球部と似ていました。

そこから大分に戻った理由は、真珠(またま)家の暗黙のルール……ですかね。真珠という姓はとても珍しくて数も少ないんです。だから真珠家は大分で暮らす的なものと、一人の人間である前に「一家の長男たるもの!」という考えがあって、その教えに従って大分に戻ってきました。

リハ職からみた介護職ですか? う〜ん……介護職の方はギバー(与える人)な職種だと思っています。リハ職や看護師とは少し違っていて、患者さんや利用者さんの生活により密着したサービスを提供していますよね。食事の時間に食事のサポート、夜中にトイレのサポートなど。生活への密着度が高いんです。

介護職は患者さんや利用者さんの生活の中で「できない」ことを支える役割がありますが、それは快適な暮らしを提供するために行っていることがほとんどです。手段はケア、目的は快適な暮らしです。このようなことを呼吸するようかのように、生活の中で実践しているんです。患者さんや利用者さんによっては欠かせない存在、それが介護職だと思います。

 僕はそこまでギバーじゃないかもしれないけど、できるだけ多くの方が救われるように自分自身が持っているものを提供したいと考えています。

え? 仕事上の失敗ですか? 失敗は多くあります。失敗しないように心がけていますが、よくあります。その中でも今に生きている失敗があります。

僕が臨床1年目の頃の話です。
当時、担当した患者さんが退院して自宅へ帰ることになりました。
患者さんは脳出血を発症し、左手足に麻痺の後遺症を患った70代の女性・Aさん。若い頃から女手一つで子育てをしてきた、自立心の高い方でした。

入院当初は車いすで生活をされ、麻痺や感覚障害、高次脳機能障害の影響からなかなか一人で歩くことができなかったんです。しかし、懸命なリハビリテーションにて退院前にようやく屋内は一人で歩くことができるようになったんです。そんなAさんがある提案をしてきました。

「外はセニアカーでどうかな?」

外はセニアカーを使用して移動したいという思いでした。セニアカーとは低速の電動カートで、乗車し簡単なハンドリングで外を移動できます。自転車扱いなので免許も不要です。そのような提案に僕は「セニアカーを使うと自分の足で歩くことができなくなっちゃうんじゃないですか?」と言い、入院中はセニアカーを使うという選択肢は採択されることはありませんでした。

Aさんは退院後、訪問リハビリを利用しながら生活をしていました。訪問リハビリスタッフは同法人内の先輩が担当することになりました。そこでAさんは、再度セニアカーの利用について訪問リハビリスタッフに提案したようです。訪問リハビリスタッフはそれに賛同し、セニアカーが導入となりました。そして、後日、僕は訪問リハビリスタッフの先輩に言われました。

そのときはAさんができることしか見てなかった。Aさんが買い物が好きとか、人付き合いが好きとか、Aさん目線の生活や価値観が見えてなかったんですね。

今思うとこわい……。そのことはずっと覚えてますね。

OPEN OITAのロゴマークを3Dプリンターで自作。アイデアも豊富です。

リハビリテーションのイメージを変えたい

今後は、「リハビリリテラシー」を社会に広めて一人ひとりが自分らしい生活を送れるようにしていきたいですね。歩けなくても頑張って歩く、立てなくても立つんだ! というのがリハビリという印象があると思うんです。リハビリ=努力という。リハビリテーションは誤った認識をされていると思うんです。それは、時代的な背景もあります。先人たちが体験した戦争では、身体の回復だけでは社会復帰できないとか、傍にいるだけじゃ社会復帰できないという世間の風当たりがあって、リハビリテーションの効果を求められ続けていたと思うんです。

だけど本来のリハビリテーションは、社会の中で自分の役割をもう一回見つけたりするためのサポートだと思います。機能を上げていくことがリハビリテーションじゃなくって、訓練はあくまで手段であって目的ではないですよね。先人の考え方ややってきたことを見てきて、あえてそれを今風にシフトすべきなんじゃないかと個人的に考えてます。

例えば手が上がるようになりました、歩けるようになりましたじゃなくって、「こんな生活がしたかったのができるようになりました」、「こんな生き方がしたかったのができるようになりました」のほうが今の社会には必要だなあと思ってます。だからリハビリテーションのリテラシーをもっと高めていきたいと思ってます。

ただ、まだその認識のボタンのかけ違いはあります。だからこそ、しっかりと言葉にしていくことが大切だと考えています。

仕事をするうえで大切にしていることは、いかにクライエント側に立てるかですね。クライエントの価値観を大切にすることは意識しています。

いかにしてクライエント目線になれるか、を考えていくと、自分のことも客観視しなきゃいけないので自分の言動は気を付けるようにしてます。

クライエント目線・最優先、そこが一番ですね。

※クライアント・お客様のことを、眞珠さんはこだわりをもって「クライエント」と表現しています。

大分んこと、知っちょん?
〜教えて! 大分の好きな◯◯〜

「こけし」というお店が一番好きです


「こけし」は隠れ家的な和風創作料理店です。雰囲気がいいから居心地もいい。ごはんも当然美味しいですけど、なんといってもおかみさんのホスピタリティーが素晴らしいです。お店に行くたびにおかみさんからいろいろと学ぶことが多い店です。
これは、特製の「こけし弁当」。お持ち帰りもやってます。

▼大分市徳島
「こけし」

text by Kosei Nomura
photo by Kengo Tsuda