佐伯市・田中 純さん

錦寿司 大将/佐伯寿司海道世話人会

佐伯の寿司職人が歩んできた道

「佐伯の殿様 浦でもつ」という昔の言葉があるくらい、ここは豊後水道(ぶんごすいどう)っちゅう入り組んだリアス式海岸のおかげで、いい漁場がある。殿様もここで捕れた魚で生計を立てたという話が残っています。

このエリアで握る寿司を総称して「佐伯寿司」って言ってます。日本有数の漁場で捕れる新鮮な魚を食べて、見て喜んでもらおうということで、うちでは2〜3貫分をひとつにした大きなネタの寿司を出してます。もちろん、最初からこんなにネタが大きいわけじゃなかったんですよ。

うちの店ができたのは、1977年(昭和52年)。最初のお店はいまのマックスバリューの近くにあったんですよ。2年くらいそこでして、現在のところに移転したんです。

私ですか? 生まれも育ちも佐伯です。寿司職人になろうという思いは、特になかったですねえ。18歳からアルバイトで入って、ずーっとです。もう何年になるかなあ? ……忘れるくらいで。もう四半世紀はいると思います。

当時は出前が中心でしたね。いまの駐車場の場所には、大きな冷凍庫があって、全然目立たない店でした。ネタも普通のサイズでした。

時代の流れもあって、お客様からの要望にも応えるうち、大きなネタを出す寿司屋になってました。

出前中心からお店に足を運んでもらう、というスタイルになっていきましたね。いまから15年くらい前かな。そうして、佐伯市外や県外からもお客さんに来ていただくようになったんです。

必ず仕込みは自分で。魚も自分で締める

仕込みは、私が市場に行きます。6時半には競りが始まるので、その前に行って一通り見てまわります。

うちは、生け捕りっちゅうて生きたままを買ってきて自分で絞めます。
「神経抜き」って言うんやけど、それをしてからさばくんです。お客さんがいま召し上がってるなかだと、タイやアジなんかもそうやね。カンパチもするし、一通りなんでもします。
もちろん、最初は「えー! 神経抜きってどうやってするん?」って感じだったけど、慣れるもんですわ。いまでは、仕入れに行くときは一通りの道具をクルマに積んどるけん、魚屋みたいですよ。
神経抜きの道具は手作りです。ステンレスの針金を自作して使ってます。

※神経抜き……生きた魚を締める方法。死後硬直を遅らせることで、魚を新鮮な状態で保つことができる。

大将の魚を扱うための道具。年季が入っている。

市場でよく会う居酒屋のマスターがいるんですが、お店のお客さんにおすすめの寿司屋をよく聞かれるらしいんです。
「あそこは自分で買いよるけん、まちがいないわ」って言ってうちを勧めてくれてるらしいです。嬉しいですね。

お客さんの好みにはそれぞれあって、魚も新鮮なコリコリした食感が好きなひともいれば、何日か寝かせた甘みやうまみが増した味が好きなひともいる。だけどやっぱり、佐伯の魚は新鮮な味を楽しんでもらいたいと思ってます。その新鮮さには、こだわっているつもりです。

お米は大分県産の「ひのひかり」を使っています。シャリは逆に、寝かせたもののほうがいい。新米だと水分を吸い過ぎるので、1〜2年前のお米をシャリにしていますね。

あとは大分といえば、かぼす。時期になったら付けてます。醤油に入れる方がいたり、お吸い物にかける方もいます。ネタに直接しぼってもいいと思います。

やっぱり、「美味しい」って言ってもらえるんが一番うれしいですね。何度も足を運んでくださる方は特に、美味しいと思ってもらえないと来てもらえないじゃないですか。
そのためにも、いいものを出すということを心がけて日々やってますね。

大分んこと、知っちょん?
〜教えて! 大分の好きな◯◯〜

城山から眺める佐伯湾


タバコを辞めたせいか、ちょっとふっくらしてきたんで痩せにゃいけんち思って、よく歩くようになりました。

休みの日には、ここ(店)から城山を上がって、下がって、帰ってきてのコースで約2時間。いい運動になります。昔は、若宮八幡宮の登山口からトレーニングで平気で上がりよったけど、いまは行って帰ってくるのが関の山……。上から眺める佐伯の街並みもきれいですよ。

▼佐伯市西谷
城山

text & photo by Azusa Yamamoto