佐伯市・田中 努さん

NPO法人虹の翼 理事長/大分県介護福祉士会 会長

高校卒業の翌日、バイク事故で入院

若い頃は、けっこうやんちゃしてましたねえ。高校卒業の翌日にバイク事故で脊髄を折って、長期入院。体を使う仕事を禁止され、生コンクリートの営業に就きました。

バブルの頃の佐伯市は土木の町で、工事が発注されると同時に生コンが発注されてたんです。だから営業っていっても頭を下げて回るってワケじゃなく、「今回どれくらい使います?」というルート営業。14年くらい続けた頃、バブルがはじけてボーナスもなくなり、もうちょっと働けるなと、カラオケボックスで夜のバイトも始めました。でもけがの影響もあって体がきつく、昼間の仕事を転職することにしました。

次に入ったところは何を売っても構わない完全歩合制の会社だったんで、とにかく飛び込み営業でした。最終的には、文房具屋さんへ文房具売りに行きよったんです。そのうちに、商品を売るためにずっとお世辞を使っている自分にやりきれなくなって辞めました。

仕事がなくなった僕に、ずっと指導で携わっていた少年サッカーの監督さんが「うちに来ないか?」と誘ってくれて、建築の会社に入りました。

引きこもり生活ののち、ベンツでヘルパー養成講座に通う

僕、車とバイクが大好きなんですよ。本当はそれを仕事にしたかったんです。でもやりたい仕事と、やらなきゃいけない目の前の仕事とのギャップに苦しんでいるうち、完全に人が怖くなっちゃって……。
昼間は引きこもって、夜はスーパーの残り物を買いに出るという生活をずっとしてました。このままじゃ家賃も払えないし、何かしないといけない。

そこでアパートの前に、できたて弁当が売りのコンビニがあったので、お弁当を作るバイトを始めたんです。相変わらず人は怖かったけれど、仕事にも少~しずつ慣れてきて。自分が作った弁当を買ってほしかったので、マスクと帽子で誰か分かんない状態で、「〇〇弁当できたてで~す!」って声を出すようになりました。店長がそれを見て、「君、いい声してるからレジに出たら?」って。人は怖いんですよ? でも、そこから少し自信が出てきました。

人間嫌いな自分をさらに追い込み、克服するためにガソリンスタンドでも働き始めました。毎日朝から夜中まで働いてたのでお金を使うこともなくて、「そうだ、大好きな車を買おう」ち思って、ベンツを買いました。

僕自身は生活に満足してたんですが、心配した姉が当時の「ヘルパー2級養成講座」に勝手に申し込んでたんです。ただ僕は納得いっていない。出席はするけど、テキストも開かない、メモも取らない、ベンツに乗ったやる気のない人が講習にくるんですよ。今考えても嫌なやつですよね……?
でも、その養成講座をしていたNPO法人の方が僕の態度を見て、心配してくれたんです。

「しばらくうちで勉強するか?」って声をかけてくれました。そのNPOがやっていたのが“何でも屋さん”。
庭の草むしりや障子の張替えをやるとものすごく感謝されて、少しずつ「福祉っていいな」と思うようになりました。そこの理事長が「あなたは自分で事業を始めなさい」って立ち上げから手伝ってくれて、うちの会社ができたんです。

ただね、1年間利用者ゼロだったんですよ。結局またアルバイトに戻って、収入を家賃や従業員の給料に充ててました。やめようかな……っていったん事業所を閉めて、NPOのつながりのあった障がい事業所のお手伝いに行きよったんです。

そこで初めて知的障がいの人たちと出会いました。不器用だけど、嘘がない人たち。
ハゲてる人には「ハゲ」っていうし、眼鏡かけてる人はみんな「メガネ」。営業でお世辞をいっぱい言って疲れて引きこもってしまった自分が、彼らに癒され、「障がい福祉をやりたい」と思ってました。

今、めちゃ落ち込んでます

利用者さんに、脳性麻痺のOさんがいたんです。発話が聞き取りづらくて、ストレッチャーっていうベッドでしか動けない。
「Oさんの希望は何だろう?」と思って、町に出ることにしました。

ストレッチャーのままコンビニに行き、毎日おにぎりとサンドイッチを選ぶ。
コンビニってその月の目玉商品を目に付く棚に置くんですが、毎日毎日ストレッチャーで通っていたらそのお店、通路から物が消えたんですよ。ベッドほどの幅のあるストレッチャーが通れるように棚の配置を変えてくれたんです。そこまでしてくれるのかと思いましたね。

コンビニに通って数か月すると、若い茶髪の店員さんが
「昨日のテレビでしょ? 見た見た!」
ってOさんと普通に会話してるんです。
僕は1年以上かかって「多分こういうこと言ってるんだろう」っていうレベルなのに何だコレ!? って。その店員さん、壁が全くなかったんですよね。それを見たときに、やっぱり人対人なんだって思いました。

Oさんが唯一やりたいと言ったことが「ドライブスルー」。ただ、正確にはドライブではなく「ベッドでスルー」です。
ハンバーガーショップのドライブスルーを、ストレッチャーのまま行って注文して受け取りました。ハンバーガーショップの店員さんもなんでもないことのように対応してくれて、Oさんもとても喜んでくれました。
でも今だと、「障がい者で遊んでる」ってSNSにあげられたりしたら大炎上してしまう。

何も分からず会社を立ち上げたときって、いいとか悪いとか関係なしに動いててすごく楽しかったのに、今それをやったら「会長さんがあんなことやってる」って言われる。肩書や立場のせいで身動きが取れないことに落ち込んでます……。

ほんとはこういうことこそ自信を持ってやりたい。だから障がいをもっている人の思いを発信できるツールが絶対必要だと思うんです。

「会長さん変わってるけど面白い人だよね」って広がってくれたら、すごく嬉しいんですけどね。

田中さんが力の入れていることのひとつに「ボッチャ」がある。

大分んこと、知っちょん?
〜教えて! 大分の好きな◯◯〜

ネタが巨大! 錦寿司


ネタが大きいです。普通の倍くらいの大きさ。お店の人が「半分に切りますか?」って聞いてくれるんですが、切ってもらった方がいいですよ。イカとか窒息するので。

▼佐伯市日の出町
錦寿司

text by Satoko Nakayama
Photo by Takamasa Anan