ぼくが出張写真館を始めたわけ④

大切にしていること 「出張写真館」では大切にしていることがあります。それは「その人らしさ」です。「自 …

大切にしていること

「出張写真館」では大切にしていることがあります。それは「その人らしさ」です。「自分らしい」「その人らしい」と感じてもらえる写真を撮影したいと考えています。目の前の人の事を知ること、ありのままを大切に受け止めることだと「出張写真館」を通してぼくは学びました。

第2回出張写真館

「出張写真館」は大盛り上がりの末に幕を閉じてから、月日が立っていた。撮影した写真はプリンターで印刷、ラミネート加工し、参加してくれた利用者さんに直接お渡しした。「出張写真館」で撮影した写真をみて、職員と利用者さんが会話している姿をみると、嬉しい気持ちになった。
意気揚々とすぐに次の企画書を書き始めていた。企画名はシンプルに「第2回出張写真館」と名付けた。外に目をやると木々の葉はすでに色づき始めていて、もうすぐ秋を迎えようとしていた。

「第2回出張写真館」は、よりパワーアップした内容になった。
前回のような仮装は行わずに利用者さんが持っているお洒落着で参加してもらうことにした。自分で選んで買った洋服が、一番自分らしい服装ではないかと考えたからだ。前回の評判もあり、協力してくれる職員も増えていた。
施設職員から提供された、たくさんのコスモスの花が撮影会場を彩ることになった。コスモスの花があるだけで、利用者さんは「綺麗ね」と言って喜んでくれた。

ぼくがこだわったのはそれだけじゃなく、施設で眠っていた畳一畳分ほどはある大型モニターを活用することにした。
「ライブビュー撮影」と言って撮影した写真がすぐに大型モニターに写し出されるようにしたのだ。失敗した写真もすぐに映し出されてしまうので、ぼくはより緊張することになった。しかし、この大型モニターが後にとても嬉しい結果をもたらしてくれることになる。
施設をあげてのイベントとなったことで参加者も増え、家族さんも孫を連れて家族写真を撮りに来てくれた。中には関東からわざわざこのイベントのために足を運んでくれる家族さんもいたほどだった。
本番当日、こだわって用意したモニターには写真が映し出されないなど機材トラブルが相次いだ。冷や汗ばかりかいているぼくを余所目に「第2回出張写真館」は幕を開けようとしていたのだった。

幕をあけた、第2回出張写真館

願いが通じたのか、開始ギリギリになってモニターに撮影した写真が写し出されるようになった。

最初のお客様は、女性利用者のNさん。女性介護職員と一緒にいつもよりお洒落な服装をして会場まで足を運んでくれた。
Nさんはぼくがよく知る利用者さんだ。童謡に詳しくて、よくほかの利用者さんと童謡を歌っていた。普段は控えめなのだが、童謡を歌う時には「さん、はい!」とほかの利用者に号令をかけていた。
そんなNさんは夕方近くなると家に帰ろうとソワソワしてしまう。夕暮れ症候群といって施設で暮らしていることを忘れてしまい、家に帰ろうとしてしまう認知症の代表的な症状だ。
「息子が家に帰ってくる頃やし、何もまだ用意してないからそろそろご飯作らないといけないんよ」
職員に訴えるNさんの目の奥には、お母さんの帰りを待つ息子さんの姿がいつも映し出されていた。時折ほかの利用者さんと一緒に家に帰ろうとしてしまい、介護職員を慌てさせる一幕もあった。そんなこともあるNさんだが、とても息子さん想いの明るい笑顔がよく似合う利用者さんだ。

Nさんの息子さんはこの日のために、訪問美容を利用してNさんの髪の毛を綺麗に黒く染め直してくれていた。ヘアメイク担当の女性職員にお化粧をしてもらっている間も、ぼくは緊張のあまり心臓の音がバクバクと聞こえているのがわかった。背景紙の前に用意した席にNさんは着席した。綺麗にお化粧をすませたNさんにぼくは声をかけた。

「Nさん、めっちゃ綺麗になってるやん〜! 綺麗になったNさんの写真を撮って息子さんを驚かせましょうよ!」
いつものように少し冗談っぽく声をかけると

「そお?なんだか照れるなあ」

Nさんは照れ臭そうにいつもの明るい笑顔で笑ってみせた。いつものように他愛のない会話をしながら、僕はカメラを構えてシャッターを切った。写真がモニターに映し出されると、最初に反応したのは、ヘアメイクを担当してくれた女性介護職員だった。

「Nさん、綺麗やね」
その言葉の後に続けてNさんはこう言った。

「この綺麗なひと、だあれ?」

「モニターに写ってるのはNさんですよ」

「ええ! うそだあ」と少し驚きながらも、照れ臭そうにNさんは笑っていた。

大型のモニターに写っていたのは可愛い笑顔のおばあちゃんではなかった。Nさんという息子さん想いの優しい綺麗なひとりの女性だった。この瞬間の出来事をぼくは忘れることはないと思う。

険しい横顔

「第2回出張写真館」もいよいよ終盤。すでに20組以上を撮影していたと思う。
最後に男性介護職員に連れられてきたのは、男性利用者のYさんだった。男性利用者のYさんは、ぼくがあまり関わったことのないひとだ。

一度だけヘルプでYさんの暮らすユニットで遅番をしたことがあった。ユニットとは分かりやすく言えば、シェアハウスみたいなものだ。ひとつのユニットにキッチン、お風呂、共有スペースがあり個室が10部屋ほど備わっている。
ぼくの働くグループホームでは1階に2ユニットが共有エリアを挟んで併設されていた。

話を戻そう。Yさんの部屋に置いてあったブックレットにまとめられた大判写しの写真を見せてもらったことがある。Yさんも昔は写真が趣味で、コンテストに入賞するほどの腕前だったそうだ。その写真は孫と思われる小さな男の子が座ってこちらを振り返っている写真だった。
「いい写真だろう」と言ってYさんは穏やかに笑っていたが、なぜかYさんの目の奥は笑っていないように感じてた。

Yさんも前回の「出張写真館」に参加されている利用者さんだ。前回は穏やかに笑った写真を撮影しており、今回もYさんの笑顔の写真をイメージしていた。椅子に腰掛けると、Yさんは急に怒ってしまった。

たしか「なんでこんな所に連れてこられなあかんのや!」と言って険しい表情でとても怒っていた。説得もむなしく、Yさんは部屋に戻ろうと席を離れようとしていた時、その瞬間にシャッターを切っていた。とにかく夢中でYさんの険しい横顔にシャッターを切った。カメラを気にすることなくYさんは男性介護職員とゆっくりと部屋に帰ってしまった。

結果として、残ったのは最後にシャッターを切った険しい横顔の写真のみだった。参加者の中で笑っていない写真はYさんのみだ。前回の笑顔の写真とはまるで正反対だったが、怒った表情の写真をみてこれもYさんらしい写真なのではないかと感じていた。険しい表情にある目の奥に以前感じられなかった、男らしさのようなものを感じていた。ぼくは暗いトーンで男らしさがより引き立つように写真を仕上げた。お渡しする前に念のため、Yさんの生活するユニットの職員に相談することにした。

「もっとふつうの写真でよかったんじゃないの」

ふつうの写真ってなんだろう。撮影した写真を手にモヤモヤとした気持ちだけが残っていた。

お父さんらしいね

結局は、撮影した写真はYさんの生活するユニットの介護職員に預け、ご家族さんの面会時に渡してもらうことになった。
お会いしたときに、一言謝罪しようかとも考えていた。笑顔のYさんの写真を撮影できなかったことが心に引っかかっていて、ぼくには笑顔で明るい写真が求められているんだなとも感じていた。しかし、Yさんの奥さんはぼくが撮影した写真をとても喜んでいてくれたらしい。聞くところによれば、Yさんは大企業の重役を務めていたような方だった。家ではいつも考えごとをしているようで険しい表情をして過ごしていたことが多かったようだ。認知症状が出てからは、逆に穏やかな性格となり、笑顔を見せることが多くなっていったらしい。
Yさんの奥さんはわざわざ直接、ぼくにお礼を伝えにきてくれた。

「本当にお父さんらしいいい表情してる写真やわ。ありがとう」

ぼくはボタンをかけ間違えていた。誰もが笑顔であることが、自分らしいわけではないのだ。

ぼくに教えてくれたこと

ぼくは撮影する前になるべく、目の前の人のことを知ろうと心がけるようになった。
「その人らしい写真」を撮るためには、その人のことを少しでも知る必要があると思うからだ。Yさんがぼくに気がつかせてくれたことは、ぼくのカメラマンとして活動するうえで、とても大切な礎を築いてくれたように感じている。
この男性利用者の写真は、とある施設で行なった出張写真館で撮影したものだ。男性のご家族さんは「この表情も、この仕草も昔よくしてたと思うの。お父さんらしいわ」。
撮影したこの写真をみて、ぼくにそう言ってくれた。

text & photo by Hikaru Mizumoto